[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

姓名判断への疑問とその解決
日本は姓名判断だけでなく神秘の国と言われながらも、ヨーロッパでもハリウッドでも妖術使いの学校のフィクションの映画すらも「ハリーポッター」や「オーメン」など実際にたくさんあります。
とにかく、少し重複しますが、姓名判断への疑問とその解決のためにもう一度しっかりとお読みください。
日本人は、夢すらも学業という枠の教室では無言で封じ込め、貿易ブローカーだけに血道をあげ過ぎた、現在のすべての社会情勢の結果です。
ですから、アニメのトトロだけは、日本人には現実的な夢に見えるから不思議です。
下の色の文字の所は必ずクリックして見ていただかないと返答が通じませんので必ずクリックしてください。
投稿時間:20080612() 07:06
投稿者名:国原寛親
URL :http://www5a.biglobe.ne.jp/~happy_1/
タイトル:こちらこそよろしくお願いします。
投稿時間:2008年06月13日(金) 14:57
投稿者名:国原寛親
URL :http://www5a.biglobe.ne.jp/~happy_1/
タイトル:焦りは落ち着きの種です。
> クサカンムリが3画であろうと4画であろうと6画であろうとどちらでも良いが、
> 画数がなぜ運命を表すのか、
> 1画違えばすべてが違うはずと友人だけではなく
> 数学の先生にまで馬鹿にされたのです。
> 数学の先生などは私が数学の点数がわるいものですから
> 非科学的なものがなぜあたるのかなとか言われて
> ひじょうに悔しい思いをしたことがあるのです。
これはどんな画数の「クサカンムリ」になろうと、それは関係ありません。
とにかく今は「クサカンムリ」が問題になっていますから「草」と書いてください。
この「草」と書いたら何を感じますか。? 問題は草に影響される「その感覚」なのです。
さらに、草野という姓をお書きください。
これは草野さまという方の姓です。
ですから書いた草という文字に影響されるのが私達なのですから、草野という人は生涯にわたって草という文字
すなわち「くさのさん」と度々と呼ばれます。
これは草野さんが胎内での赤ちゃんの時代から既に耳に音として入ってきて影響をされる音域学です。
すなわち、ご当人の草野さまがお母さんのお腹に宿った時から
「くさのさん、赤ちゃんができておめでとう。無理をしないでね。」という声を聞きます。
これが草(くさ)に影響されている運命の第一歩なのです。
ですからこそ、私は姓名判断と易学を少しでも身近なものに感じるために、わざと不自由な過疎地の山奥に入りました。
そこで思ったことは畑の草とは、雑草とは、自然の条件さえ整うと、如何に伸びるのが早いかという現実でした。
ですから、「クサカンムリ」に「早」で「草」であると、私の眼で観え、「草」を感じました。
そもそも漢字の成り立ちは六種類あって、それは六書(りくしょ)といい、あらゆる種類の漢字の成り立ちを六種類に分別した学問です。
その六書によりますと象形(しょうけい)文字はエジプトやマヤ文明に現れた物の形を表わす文字であり物の形をかたどって文字の形としたものです。
ですから、私たち漢字を扱う東洋人はイメージ検索(画像や想像)で運命を受けて
アルファベットを扱う西洋人は a,b,c,d,e などの一つの文字の意味は無くとも音域(音や声)で運命を destiny (英)で影響を受けるのです。
草野さまの名前が、草野みどりならば、「馬から落ちて、落馬して」の重複とか偏重の運命になる(また草も枯れて茶色にもなる)のが易学でいう自然の掟であるし、
人は「勝」つとは、「勝」った方も無傷ではすまないし、負けてこそ人は経験し、人は生涯において阿呆のように「信」じる人もなければ、生涯においてすべて「正」しいこともなければ、死ぬまで「美」しいこともなければ、「幸」せなこともないし、「知」と「智」は名づけ方がまったく違い、「彦」「清」「洋」「和」「弘」・・・・・人はいつまでも「忠」や「義」を重んじ続けて生涯を生き抜けないものです。
伊達政宗遺訓
一. 仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂い(へつらい)となる
智(=明智光秀)に過ぐれば嘘をつく。信(=織田信長)に過ぐれば損をする。
一. 気長く心穏やかにして、よろず倹約を用い、金銀を備えるべし。
倹約の仕方は不自由を忍にあり、この世に客に来たと思えば何の苦しみもなし
一. 朝夕の食事はうまからずとも褒めて食うべし。元来、客の身なれば好き嫌いは申されまじ
一. 今日行くを送り、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆のお暇(おいとま)申すべし
伊達政宗訓戒
一. 二六時中油断の二字に用心強くせよ
一. 人は只、高下ともに万事気を作ること第一なり
一. 人は只、第一、無礼とぬるき事(ゆっくりとか温和とか頭脳がぬるいの意:反語は早く)嫌うべし(常に命を賭けた攻守の思想は・・・・・一時の遊興すらも否定する。)
伊達政宗公の思想は弱い運命とは自分で変えられるという東北の覇者の実践です。
たとえば、草野信夫ならば主格が20格のゼロ格数(10、20、30、40、50、60、70、80格)で「途中挫折」や「生涯の運命が虚無と虚空」に終わる。
すなわち草野信夫と稲野信夫とは、主格が同じゼロ格でも、雑草を信じるのと、稲を感じるのとは、姓名の読み下しで、大きく運命は変貌するのです。
ですから鑑定も数学もよく似ているところがあり、半分は数学と同じ「取り決めごと」とか「約束事」で数学も科学も成り立っていますが、姓名判断も数学と同じで、基礎方法だけの+−×÷はひじょうに大切ですが
それだけの約束事だけでは、自動車も船も飛行機も設計できない流体力学などという、多くのデータを解析計算をするものすごく難しい数学の局地みたいな部分も人間は扱っているのですから、姓名判断も多くのデータも集めないで画数や格数だけでは絶対に鑑定をしないでください。
私達人間が取り決めた時に学問が生まれ文化がデータの中から生まれます。
その取り決めが古代の易学姓名判断近代のデータ文化的なデータあろうとすべてが今後も不変のデータです。
< http://www5a.biglobe.ne.jp/~happy_1/2-archives-10.html  >
< http://www5a.biglobe.ne.jp/~happy_1/J-1-3.html  >
そこで姓名判断に関係する言葉を記載します。
姓:古代の豪族が氏の下につけた称号で、臣(おみ)や連(むらじ)や造(みや)が始まりであり、天皇のご前に行くには必ず官位がないと行けなかったのも事実です。
姓の事例: 織田信長公の官位は「従三位 源朝臣 織田 上総介 三郎 信長」が織田信長の正式な姓名であり、呼称は「じゅさんい みなもとノあそん おだ かずさノすけ さぶろう のぶなが」なのです。
名:名とは大昔から古今東西を問わずひじょうに多目的に使われていて、多くの多目的な要素、すなわちその人の運命までも証明する手段として未だに明確に残しています。
名の事例−1: 人が認識した事物に、他の事物と区別するために言葉で言い表した呼称です。たとえば、あらゆるものの名です。
名の事例−2: 同じ性質を有する一定範囲の事物をひとまとめにした呼称です。(不自然にも)東から吹く風の名を「東風(こち)」ということで表すなどです。
名の事例−3: 人の呼び名です。人ひとりひとりに付けた呼び名とか、姓に対して名前です。たとえば「生まれた子に名を付ける。」「娘の名は加代子です。」とかです。
判断:物事を理解して、考えを深く決めることです。論理や基準などに従って、判定を下すことを意味します。
判断の事例: 判断を下すとか判断をあおぐとか善悪を判断をするなどがあり、また姓名判断など運命の吉凶をうらなうことにも使われます。
姓名判断:確かなより多くのデータに基づいて特定の人の運勢を鑑定するものである。
姓名判断: 天運とか先天運と言われる生まれもった運命に対して、誕生してから生き抜いて行くこの世での運命を後天運といい、それは「姓名判断」で鑑定できるものです。
鑑定:鑑定とは判断以上に物事や固有の物体や寿命や医学の診断と同じく科学的な分析や専門的な知識によって判断や評価することです。
鑑定−1: 美術や骨董品(こっとうひん)の良否や真贋(しんがん:正確に本物と偽物の区別の意味)とかの判断とか、不動産の評価などにも「鑑定」を用います。
鑑定−2: また何かの目利きをすることにも鑑定という言葉を用います。たとえば「刀剣を鑑定する」とか、「時代背景などを考慮して」の判断を「鑑定をする」と言います。
鑑定−3: 正確なデータでそのものの固有運命や、未来に現れるはずのあらゆる物事を、過去の多くの事例を基に「鑑定」で立証するものです。
鑑定−4: 法曹界の訴訟において、裁判官の判断を補助するため、裁判所が指名した学識経験者に専門的知識から判断を報告させることを目的とした証拠調べや手続きも「鑑定」と言います。
運命:人は動物とちがい、遠い未来の予測をしないと生きていけないほどの体力、すなわち裸での闘争力は子犬にも負けるほどの体力のために、生きて行くには知恵を駆使しなければ無理なのです。
そこに人とは遠い強欲を持ち、特に「取らぬタヌキの皮算用」は貧しい思考で、それはすでに知恵ではないのです。
運命: 運命を人がこの世に生れてきた甲斐を正常に考える最高で最低の条件は「健康で長寿」と「富貴栄達」と「子孫繁栄」の三徳だけであるのです。
確信の幸運:運命の強い人の共通因子とか気概は共通していて、眼には見えないけれども一定の安定した概念をこの世で持つものである。
確信の幸運: 彼らが考えるこの世での思考は「名は体を表すとは本当である。私の姓名は運命が強いからこそ、制御も意識的に働かすものでないと取り返しがつかなくなる。親とは産んでもらって育ててもらうだけの恩義で十分であり、後は自分の幸運をみつけて二人三脚で慎重に生きていくだけである。」の無意識こそが、彼らの良き運をさらに引き、自信のある姓名で絶対的に良い運の自分だけを、落ち着いて引き寄せているのです。
以上のように「姓」や「名」は日々の生活や、すべての国家の統制政策で「姓名」から、歴史上では各国が平和であった時期がひじょうに短い歴史において、人は自分で自分を守ろうとした。
いつの時代も国家はいつも人口が増えるたびに疲弊(国が疲れ、弱ることとか、人件費が高騰し、経済的に荒れてしまったり、経済状態がいつも悪化し勢いや活動が鈍くなることの状況を言う。)してしまうのが文明を持つ国家の姿であったのです。
それは現在の中国のように共産主義から、最後の命綱の医療も急に個人負担になって、彼らは貧弱な健康保険制度であり、すべての診察が現金払いでは、貧しい人達の命は親戚に借金ばかりで、まったく保障されていない。
それらの事実、日本でも数多くの徳政一揆や土一揆や農民一揆が山ほどあった事実は、現在の結局は格差社会が問題ではなく、自分は自分しか守ることができないのが、一命の一運命なのです。
その当たり前の庶民の根底の考えこそが、世界各地で勃興したそれぞれ個人への鑑定であって、鑑定により、鑑定された人は、自分が社会の三徳の上でどのあたりに居るかを知る目安になったのです。
> 非科学的なものがなぜあたるのかなとか言われて
> ひじょうに悔しい思いをしたことがあるのです。
姓名判断の答えは影響です。
ですから、ご両親も会社も職場も友人もアパートも家もペットも姓名の一部であって
その中に鑑定しやすい姓名があるというだけで、悪い家に住む人は、姓名も悪いのです。
ですから、易者が運命の悪い人を観るときに、家も、住まいも、不浄の方角も、名づけた両親すらも、交友関係や、恋愛の状況も、失恋も、縁が無いことも、職業も、車の運転方法や、整備状態や、対向車の運転手や、遊びに行く場所も、食べ物と食べ方さえも、乗る飛行機のパイロットの運命や、預貯金や、健康状態や、寿命に至るまでことごとくすべてが悪いのです。
または、あるいはどこかの条件(=データ)が徹底的に悪いかです。
ですから、運命の悪い人の致命傷は、何から起こっても不思議ではないのです。
国原寛親 謹書

トップページにもどります